対価

Waive解散10年の特別公演も、気がつけば終盤戦に突入しました。
六本木は半年も前なので置いといて、
9.17横浜と、10.1&10.2の大阪を終えて、今思っていることを少しだけ残しておこうと思います。
 
何を言っても反感や落胆の声が上がるのが俺のバンドに対する発言の常なので、
イヤな気分にさせてしまったらゴメン、と先に謝っておきます(読まないも可)。
いや、別にそんなネガティブなこと書きたいワケじゃないんですが、念のため(笑)
  
 
横浜も大阪も、とても良いライブだったと感じていて、
(大阪初日は、謎の機材トラブルだらけだったけど)
我々も当然の如く頑張ったのだけれど、
何よりオーディエンスの元気さと熱量のお陰だと、感謝感謝なのです。
 
 
俺は今、ミュージシャンとしては非常にちっぽけな存在で、
Waiveの特別公演を楽しみつつも、同時に虚しさのようなものも感じながら公演を重ねています。
というのも、自分自身の感じ方として、
「過去にすがっている」とか「今の活動が厳しくなってきたから復活したんだ」みたいなことを言われても仕方ないのかもな〜、、、
といったような感情が、ブスブスとくすぶっているような感じなんです。
いやまぁ、他人に言われると「違うわ、ボケ!」と応えるし、実際にソレは的外れなんですが。
あくまで「言われても仕方ない」って話ね。
 
あまり自分を卑下するような性格ではなかったのだけれど、
どうも近年は、そう思うことが時々あるようになってきており、
そういうところも、それこそ落胆させてしまうことに繋がったりしてそうですが、
無敵の杉本善徳を自分で信じ続けるには、現実が残酷すぎるというか(笑)
(もしかしたら昔の俺がアホやっただけかも知らんけど......)
兎にも角にも、楽しさや興奮とともに苦痛を伴うGIGSなのです。
 
 
今まで、永らく、ファンというものを大事にしてきたつもりです。
他所のアーティストのことを勝手にとやかく言う権利は無いですが、
それでもやはり「俺が最高」もしくは「最高(タイ)」で大事にしてきたと自負しています。
文章の流れで過去形で書いちゃったけど、進行形です(笑)
そうは思えないという意見もあるかもしれないし、それこそ感覚の差が人にはあるので「大事」という言葉から受けるものは千差万別ですが、自分はそう思っているのです。

そんなファンの方々のお陰で、ここまで音楽を形や志向を変えつつも続けてこられたんだと思っていて、
コレが、今でも自分が誇れる最強の要素でもあり、揺るがないこととして存在するので、
それが結果に繋がったときは、とても嬉しい。
そう、とても嬉しいのです。
 
 
以前、先輩(植田朝日サン)に、こう言われたことがあります。
「何か1つをやっている人間と、2つ以上をやっている人間が目の前にいて、そのどっちもが欲しがっているものを俺が持ってたら、1つに集中してる奴にあげるのが人ってもんだろ」
こんなニュアンスの話でした。

言葉にはメッチャ説得力がある気もしつつ、
「いやいや、朝日サンの方が俺より手広く色々やってるがな......」
と、苦笑いすることしかできなかったのも事実です(笑)

が、この矛盾って、今では真理な気もしています。
矛盾して然り、というか。
 
俺は、ミュージシャンとしては、かなり特殊な思考と生き方をしていると思うので、
本っっっっっ当に世間のミュージシャンや、特にバンドマンと呼ばれる類の人たちとは考えが合いません(笑)
『音楽だけ』はクソ食らえレベルで理解できないです。
『それしかできないから』と自ら認めている場合は仕方ないのでイイんですが、
カッコよく『だけ』を使っているフリしてるのは、本当に嫌いです。

俺には、他にも好きなものが沢山あるし、
自分でやってみたいこと、生み出したいもの、共有したいこと、色々あります。
 
何だってそうですが、手を出し始めたものが即結果に繋がることの方が圧倒的に少ないし、
なんならどれだけの時間を経ても結果につながらないことも多々あるし、
場合によっては自分の気持ちや物理的なものが先に底をついて継続できないことだってあります。
 
そんな感じで『色々』を同時にやってみている日々なんですが、
こういうのも1つでも多く、出会ったミンナと共有できればいいな〜と個人的に、
そう、完全にエゴとして(笑)思っているのだけれど、
趣味趣向があるから当然ひと筋縄にいくわけがないので、石の上にも3年......なんなら、もっと長く! みたいな気持ちで生きています。
 
なのに(?)、音楽活動(作家としてではなくステージミュージシャンとして)は、
同時に幾つかを進行することが俺にはできず、
これは正直なところ頭で理解できないというのもあるし、
単純に不器用で、こなせないだけというのもあるのですが......(笑)
 
ともかく、そんな感じで、
同時に色々やっちゃってるように見えることも、俺個人的には1つの意思のもとなので、何度も言うけれど個人的には筋が通っていると思っているのだけど、
(おそらく、あまり多くの人に理解をしてもらえないまま数年が過ぎているから、序盤に書いた卑下を生む結果になっているんでしょうけど)
やはり、周りにそれを理解してもらえる域にいけていない(点と点を線にできていない)ことから、
『2つ以上をやっている奴』
として取られてしまい、応援しづらい/できないと感じさせてしまっていることも、きっとあるんだろうな、、、と思ってています。
 
このエゴによる感覚の差(自分視点だと誤解)が生む真理なんだろうな、と。
 
 
話が長くなりすぎてしまい、
かつ考えながら書いては消してを繰り返しているので、すでに書き始めから3時間以上経ってしまっていて自分でも引いてます(笑)
 
 
まぁ、まとめに入りますと、、、
杉本善徳というアーティストは、本当にファンのお陰で形成されていると言っても過言でないですが、
こうやってバンドが動くと、そのパワーへの感謝と共に、嫉妬や虚しさが付きまといます。
「今の自分を愛して欲しい」という欲は誰しもにとって当然のことなので、言わずもがなですが、
それをしてもらえないことに対する憎悪ではなく、
それをさせることができない自分に虚しさを覚えるのです。
 
こういう話をすると、
「今を応援してる人のことを見てほしい!」
と必ず言われるんですが(笑)、そんなことはわかっているし、見ています。感謝しまくりです(笑)
ただ、だいたいのことがそうなんですが、言いたいことや、言ってることの多くを誤解されます。
さっきもツイッターで開演時間を過ぎてしまう要素についての話をしたけど、
トンチンカンな意見も多く、まぁソレはソレで楽しんでますが、真意の伝わらなさに悲しさを覚えます。
 
 
話が逸れてしまいましたが、、、
そんな感じで、苦しみながらも楽しい時間を過ごしています。
これは、もうずっと昔からそうなので、「どの時期が最高に楽しかった!」とか「今が最高!」みたいなのは、ぶっちゃけですが、俺には無いかもです(笑)
どの時期も(今も)最高に楽しいし、最高に虚しいです。
俺にとっては、ステージに立つという非日常を得るための対価のようなものが存在するんだ、というイメージです。
 

他のことに対しては全然違うのに、なぜかアーティスト活動...特にステージ活動に対してはネガティブな思考が常についてくるタイプなので、
あまり理解できない人もきっといるとは思いますが、まぁ、とにかくそんな感じに思ってるんです。
 
とりあえず、そうですね、、、
頻繁にステージに立ってるわけでもなく、
かと言って、もう立たないと思っていた人間の奇跡のステージでもなく、
最も見る側が『依存』を楽しめない(?)スタイルでの活動をしているかもしれない俺ですが、
俺は、こうやって何本かステージに立ち、ちやほや(笑)されることで、気持ちの浮き沈みが発生し、
自分の音楽と共に過ごしてきた20年近くに意味を感じ、依存を実感していたりする、という話です。
 
 
ま、ツアー(?)半ばで感じたことなので、
名古屋終わってからや赤坂終わってからでは、また全然違った感情になってるかもしれません。
経過点メモ程度です。
  
 
最後に、メンバー全員がホテル泊している中、
荷物を背負ってエッチラオッチラと実家に帰ってシャワーを浴びた後に使ったタオルの写真置いときますね(笑)
 
電話番号は、もう使われてないので、かけないでね。
 
思い出の1ページが色褪せないように頑張ってますが、
タオルは少しだけ色褪せてました(笑)
 
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このページは、杉本善徳が2016年10月 3日 20:27に書いたブログ記事です。

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