彼の言葉が骨身にしみる


今日は、ずっと家に居ました。
ひたすら紅茶を飲んでは寝て、飲んでは寝て、、、を繰り返してました。
 
909.jpg
 
ゆっくりと時間がとれたので、色々と考え事をしました。
 
俺様の人生のバイブル『あしたのジョー』を、また読み直したりもしました。
 
ジョーは力石の死後、しばらくテンプルを打てなくなるのですが
それでも嘔吐しながら、ひたすら自分と闘っていました。
 
 
トップギアで走り続けると、大抵のマシンは故障してしまうので
人間にも息抜きは必要だと思います。
 
しかし、ジョーは常にトップギアです。
 
真っ白に燃え尽きるには、そうでないと後悔という名の燃えカスが残り、
一生それと共に生きることになるからです。
 
どのように生きるのが最良なのかは人それぞれで、
どちらが正しいとか間違いだとかは存在しません。
 
自分は、トップギアで走る癖のようなものがあるタイプなのですが、
来年は、ちょっとギアを落とすというか、ゆっくり走りたいな…
なんて、そういう考えが湧いてます。
 
昨日のブログを見て『音楽を辞める』と解釈した人がいるようですが、
それは多分ありません、悪しからず。
簡単に辞めるようなら、個人での活動を選んだ意味がないので。
でも『止める』とか『休む』は、あるかな…と最近妙に思います。
ブレーキを踏み込まないと曲がれないカーブは、人生にたくさん存在するし、
ギアを落とさないと走りきれない場合もあるので。
 
  
話は『あしたのジョー』に戻ります。
作中で何度見ても衝撃を受けるセリフがあるのです。
 
 
「燃えているような充実感は今迄何でも味わってきたよ。血だらけのリング上でな。
そこいらの連中みたいにブスブスと燻りながら不完全燃焼しているんじゃない。
ほんの瞬間にせよ、眩しい程真っ赤に燃え上がるんだ。
そして後には真っ白な灰だけが残る。燃えかすなんか残りやしない。
真っ白な灰だけだ。」
 
 
矢吹丈は未来の為に闘うんじゃなく、今という刹那の連続を感じる為に闘う。
その瞬間の連続の中で己を確認する為だ。
彼は未来(あした)に対する感覚の無さゆえに闘うのです。
『あしたの?』というタイトルが、最初からこの作品の内容全てに対しての布石として
名付けられていたのだとしたら鳥肌もんなほど、的確な言葉だと思います。
  
 
 
ようは、ジョーは俺の中で、神がかりな存在なのです。
憧れです。
 
さういう男にわたしはなりたひ。 
  
 

このブログ記事について

このページは、杉本善徳が2007年9月 9日 02:35に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「3者面談」です。

次のブログ記事は「あっちぃ?」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

月別 アーカイブ

ウェブページ

Powered by Movable Type 5.12